ウラシネマイクスピアリブログ

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『ノマドランド』

 前回に引き続き、今回も本年度アカデミー賞最有力作品をご紹介いたします。アカデミー賞作品賞・監督賞・主演女優賞ほか主要6部門でノミネート、既にベネチア映画祭<金獅子賞>とトロント映画祭<観客賞>の2冠を制覇している、3/26(金)公開『ノマドランド』です。

 2008年の金融危機をきっかけに住みなれた家を失ったファーン(フランシス・マクドーマンド)はキャンピングカーに亡き夫の想い出を積み“ノマド(=放浪の民)”としての生活を始めます。季節労働者としてアマゾンの倉庫、キャンピング場のスタッフとして渡り歩きながら、彼女は“ノマド”生活をする様々な人々と出会って行きます・・・

 本作の原作はノンフィクション小説「ノマド:漂流する高齢者たち」。主演のフランシス・マクドーマンドは本作に感銘を受けて映画化権を取得。実際にノマドの人たちと共に半年近く共に生活をして役作りに挑んだそうです。そして実際にノマド生活をする人々を劇中で起用しているので(エンドクレジットを見てびっくり)、ノマドの人々の中にフランシス・マクドーマンドが溶け込んだかのようで、ドラマのようなドキュメンタリーのような境界線が曖昧な風合いになっているところも本作の魅力の1つです。

 不況のあおりで住んでいた町そのものがなくなり、ノマドとして生きる道を選んだファーン。極寒の冬、暖房も効かない車中泊は命を落としかねない厳しい環境で、生活費を稼ぐために仕事を求め、流浪の旅を続けるその生活は厳しさそのものです。元は臨時教員をやっていたようなファーンであっても、こういった生活を余儀なくされるといのは、「老後は夫婦で2000万円必要」と言われてしまうような我らにとっても「明日は我が身・・・」な気持ちにさえなります。

 となると、こんな生活を強いてしまうアメリカの資本主義社会を痛烈に批判する作品として描かれているのか?と思いきや、確かにそういった一面もありつつ、でもそれ以上にノマドの生き方を選んだ人たちの逞しさやむしろそうすることで心の中に静穏を見出した人々の姿がとても印象に残ります。

偉大なる自然の元、過酷な生活を強いられるという事実を突きつけながらも一定の場所に留まることを捨て、自然と向き合って生きていくノマドの人々には気高さすら感じ取られ、それが美しい自然の光景の中で、叙情的な音楽と共に描かれる。人が生きる根本的な意味をまっすぐな眼差しで問われているような気持ちにもなり、心がとても揺さぶられます。

 と同時に私はファーンの中に別の物語を見つけたことでこの映画がとても特別な1本になりました。冒頭、彼女はバンに最低限の日用品を積み、持って行けなかったものをガレージに残してノマドの生活をスタートします。その時に愛おしく抱きしめる男性ものの上着は紛れもなく夫のものだと思います。

夫と暮らした家そのものは失ってしまったもの、その想い出を胸に自分のあり続ける場所はノマドの生活の中でも見出した彼女。愛する人、かけがえのないものを失くし、孤独を抱えながら生きることとなったファーンが、ノマドの仲間たちとの出会いと別れを繰り返しながら見つけた生き方は彼女自身の中にあった大きな喪失感と対峙し、受け止める強さを持つために選んだもののようにも思えたのです。

 現実としてノマドとして生きることの厳しさは想像するに難くないのですが、一方でその生き方で見えてくる静謐な世界の美しさも存在するんじゃないか、とも思えるのでした。こんな生き方をする覚悟を自分は持てないけれど・・・

By.M