『寝ても覚めても』
秋の気配も少しずつ感じられるようになったこの季節に大人の恋愛映画は如何でしょう?
今回ご紹介する映画は9/1(土)公開『寝ても覚めても』です。
コーヒーショップで働く朝子(唐田えりか)はコーヒーを届けた先で出会った亮平(東出昌大)を見て愕然とする。それはかつて一目ぼれで恋に落ち、突然いなくなった恋人・麦(東出・二役)とそっくりだったから。戸惑いながらも朝子は亮平に惹かれていき二人は愛を育むのですが、そんな彼女の前に麦が再び現れます。
簡単に言うと、昔好きだった人とそっくりな人が現れてその人を好きになってしまった朝子という女性のお話です。朝子が好きになる男性は自由な麦(ばく)と誠実な亮平と全くもってタイプが違います。でも亮平と出会い彼からの愛情を受け、「この人は昔好きだった人とは違う」とわかっていながらも次第と惹かれていきます。朝子が亮平を思う好意の根底には麦という記憶の残像があってそれに執着していただけなのかもしれません。
そういう心の在り方を“不誠実”と人は言うかもしれませんが、朝子は一貫して自分には正直でした。最初は邪とも言える感情が先だっていたかもしれませんが、本当に亮平を好きになってしまったから・・・。朝子は亮平を無条件に好きになったし、亮平も無条件に朝子を愛します。でもある日、突然いなくなったと思っていた麦が朝子の前に現れた時、彼女はとんでもない行動に出るのです。それこそ“不誠実”と一般的に思われる行動です。が、自分に常に正直な朝子にとっては“誠実”そのものの行動だったのです。
それは彼女が常に“今”を生きているからかもしれません。ずっと続くと思っている、そう願っていることは決して未来永劫ではありません。日常は続かないし、変わらないものはありません。自分の意思に関わらず何かが突如変わってしまうのが日常です。その変わってしまう瞬間こそが非日常なのかもしれません。恋愛にもそんな瞬間が訪れることがあります。この映画の中で東京での普段の生活の中で311の震災に遭遇する朝子と亮平のシーンも描かれます。それはまさに続くと思っていた日常が1つの出来事を機に一気に変わった瞬間です。
恋愛と震災、それを並べるものではないとは思いますが、日常が非日常になる瞬間を経験するという意味では大差がないとも思えます。麦を突然失くし、亮平と出会うという非日常を経験した朝子は日常を信じていないようにも見えるし、一方的に時に暴力的なまでに変わってしまう日常をどこか客観視している節もあります。だからこそ彼女にとって今を生きることが大切で、その行為自体が彼女にとっての“誠実”さなのかも・・・。
どこか歪みを感じる、捕えどころのない物語なので、時に現実離れした感覚に囚われるのですが、登場人物たちが(エキストラ的に登場する人物でさえ)確かにそこに人が生きている、その営みがリアルに感じられるのは、本作の監督、濱口竜介さんの演出手腕と言えましょう。
これまでメガホンを取った作品は国際映画祭で数々の賞を受賞。本作は初の商業映画にして、今年のカンヌ国際映画祭で『万引き家族』と共にコンペ部門に選出されたもう1つの日本映画となりました。繊細でありながらも大胆なこの映画はきっと観た方の心にこれまで経験したことのない揺さぶりをかけてくると思います。
濱口監督が今後もどんな作品を作ってくれるのか・・・私は今からもう楽しみで仕方ありません。
By.M
(C)「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMA