『ベルファスト』
(日本時間)28日にアカデミー賞が発表されました。作品賞は『コーダ あいのうた』、国際長編映画賞は『ドライブ・マイ・カー』と受賞作品をシネマイクスピアリでも上映中なので是非、ご覧ください。
そんな中、アカデミー賞作品賞、監督賞ほか7部門ノミネート、脚本賞を受賞、トロント国際映画祭では観客賞(最高賞)を受賞した3/25(木)公開『ベルファスト』をご紹介いたします。
舞台は1969年、北アイルランドのベルファスト。バディ(ジュード・ヒル)は家族と友達に囲まれ楽しい毎日を過ごしている9歳の男の子。でも彼の日常は暴動により一変してしまう。プロテスタント系の武装集団が街のカトリック住民への攻撃を始めたのだ。1つの家族のような街だったベルファストはこの日から対立により“分断”してしまう・・・
本作の監督・脚本は現在公開中の『ナイル殺人事件』で監督、主演のケネス・ブラナー。ベルファスト出身の監督自身の幼少期を投影した自伝的作品です。物語は1969年8月15日から始まります。それまでは隣合わせで穏やかに暮らしていた住民たちですが、宗教紛争の対立が一気に加速し彼らは武器を用いて互いを排除しようとします。この映画は9歳のバディの目から見た北アイルランド紛争ではあるのですが、だからと言ってこの映画全体が禍々しい空気に覆われているかと言われればそうではありません。むしろそこには幸せを求め、貧しいけれど互いを思いやる人々の姿が描かれます。
バディの家族を紹介しましょう。イギリスに出稼ぎに出ているパ(ジェイミー・ドーナン)、その不在を守る愛情深いマ(カトリーナ・バルフ)、頼りになる兄ウィル(ルイス・マカスキー)そして良き相談相手の祖母グラニー(ジュディ・デンチ)、ユーモラスな祖父ポップ(キアラン・ハインズ)。彼らの愛情を一心に受けるバディはその年齢にふさわしい素直さとやんちゃさを持ち、時に子供がゆえの失敗をしながらも日々を過ごしています。
大好きな映画を家族で観に行ったり、クラスの気になる女の子と仲良くなるために勉強にも励んだり、教会で善悪について聞かされると「悪の道に進んじゃったら僕、どうなるのーー」とパニックになったり、その全開の子供らしさがとにかく可愛い。映画初デビューのジュード君の表情豊かな様を見ているだけでバディ少年が日々をどれだけ健やかに過ごしていたかがわかる程だし、こちらまでとても温かい気持ちに包まれます。
この映画で描かれるバディの日常は遠くベルファストの街での事なのになぜか「自分もそうだったな~」とノスタルジーを呼び起こさせ、とても優しい気持ちになるのですが、一方で街はどんどん物騒な状況になり緊迫感が増していきます。そして生まれ育ったこの地を離れるとは全く想像もしていなかったバディと家族はその決断を迫られるようになります。それは9歳のバディにとっては全く理解しがたいことです。こんなに毎日は楽しいのに、友達と遊んで、好きな女の子にドキドキして、なのに大人たちが争っている。なんで?なんで?
市井の人々にはそこに根付いた営みがあるのに、様々な争い事はそれを一瞬にして、しかも暴力的に壊していきます。そして真っ先にその犠牲になるのが弱い立場の人、若者、子供たちだと思うと、本当にやりきれません。
この映画はケネス・ブラナーが故郷“ベルファスト”に宛てた、そこに生きた人へのラブレターなんだな、と感じると同時に今もなお世界中で広がる“分断”にその争いの理不尽さに、そして折しも現在進行形で平穏な暮らしを奪われているウクライナ人々のことも思わずにはいれません。それはここで描かれるバディとその家族の生活風景がとても愛おしく描かれるからこそ余計なのだと思います。
また監督のパーソナルな想いが詰まった映画に賛同した役者たちの演技、佇まいも本当に素晴らしく、監督が役者をどれだけ敬い、彼らをどれだけ信じているかを感じさせられるシーンの数々(特にラスト!)には胸いっぱいです。コロナ、地震、紛争と気持ちが滅入るニュースばかりですが、私たちに寄り添ってくれる優しさにも溢れている映画でもあるので是非スクリーンでご覧いただきたい1本です。
By.M
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