『生きる LIVING』
今回は本年度アカデミー賞で主演男優賞、脚色賞にノミネートされた3/31(金)公開『生きる LIVING』をご紹介いたします。
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舞台は第二次世界大戦後のロンドン。役所の市民課勤務のウィリアムズ(ビル・ナイ)は長年単調な毎日を過ごす日々。妻にも先立たれ同居する息子夫婦との関係もあまりしっくりいっていない。そんな彼が余命宣告を受けたことを機に自分の生きる意味について見つめ直していく・・・
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知っている人は知っている、本作は黒澤明監督の『生きる』(1952年)を(『日の名残り』『わたしを離さないで』などでも知られる)ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの脚本でリメイクした作品。巨匠黒澤版『生きる』は言うまでもなくマスターピース的存在なので「えー、そんな必要ないよー。オリジナルがあればそれで充分じゃん」という答えが返ってくるところですが、本作は“リメイクかくあるべし”というまさにお手本!私は古い日本映画が大好きなのでこのリメイクに対しても正直、期待と不安でいっぱいでしたが、完成した作品を観てその再構築っぷりにびっくり。こんなに素晴らしい映画になるなんて。
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ストーリーはオリジナルに忠実です。戦後の日本という設定を1953年のロンドンに移し、モチーフはイギリスのものに置き換えられているのですが、これがなんとも違和感がない。決まった時間に列を乱すことなく出勤する人々の光景からして日本でもよくある風景。国民性をとってもなんとなくイギリスと日本に近しい雰囲気を感じることがあるのですが、映画を観ていると「確かに『生きる』を別の国で映画化するならイギリスしかないな」とすんなり受け入れてしまえるほどなんです。それも長崎で生まれ、5歳でイギリスに移住したカズオ・イシグロが脚本を手掛けたということもあるとは思いますが・・・
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そして主人公ウィリアムズを演じるビル・ナイ(『ラブ・アクチュアリー』『パイレーツ・オブ・カリビアン』(デイヴィ・ジョーンズ役)など)がいい!!黒澤版では志村喬が演じたこの役は冒頭からもっと死に直面したことへの悲壮感があってテーマ自体、戦後日本が抱える問題を投影する社会風刺的な描き方が感じられたのですが、ビル・ナイ演じるウィリアムズにはもっと知性を感じさせられる、それは英国紳士を思い浮かべる時のイメージにピッタリなんです。
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余命いくばくもないと知ったウィリアムズが自暴自棄になるシーンもどこか節度を感じられるし、元部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)との他愛のないやり取りもチャーミング。そんな中から自分が本当にありたかった姿にウィリアムズが気付く姿はどこか清々しいんです。
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ウィリアムズは自分の命の限りを知ったことで、惰性に生きてきたことを悔い、若い頃には持てていた情熱、抱いていた希望を思い出します。残された時間の中で出来ることを自分の限られた時間のためにではなく、自分がいなくなった後も続いていく営みのために捧げるその姿はストレートに心打たれます。我らの命も限りあるもの、それでも日常は永遠に続いていくもの。であるなら、我々は何をすべきか、それをとても紳士的に差し出してくれたのがこの映画だったと思えます。
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今となっては黒澤映画を観たことがない、という方が多いとは思いますが、そんな方の方がよりフラットな気持ちで映画をご覧になれると思いますし、70年以上前に作られた映画をリメイクしてもこんなに胸を打たれるのはオリジナル作品の完成度の高さは言うまでもなく、根底にあるメッセージが普遍的で、何より製作陣の黒澤版『生きる』に対するまごうことなきリスペクトの賜物だと思います。
By.M
(C)Number 9 Films Living Limited