『PERFECT DAYS』
新しい1年がスタートしました。本年も宜しくお願いいたします。年明け1本目は本年度アカデミ―賞日本代表、12/22(金)公開『PERFECT DAYS』をご紹介いたします。
平山(役所広司)は毎朝決まった時間に起きて、作業服に着替え、トイレ清掃の仕事に向かう。車の中では昔から聴き続けている洋楽を聴き、仕事中は多くを語らずただ掃除に取り組むのみ。仕事が終われば銭湯で汗を流し、馴染みの居酒屋に行って食事をし、寝るまでは読書をして過ごす。このルーティンを淡々とかつ丁寧に繰り返すのが平山の日常だ。味気ないように見えるがちょっとした出会いや思いもよらぬ再会で彼の人生が少し変化したりもするのだが・・・
“PERFECT DAYS”、タイトルそのままに映画の中では平山にとっての完璧な1日が静かに穏やかに紡がれます。この映画を観た友人の多くから「平山のような生活を送りたい」「人生にまさにこれを求めている」といった共感とも憧れともいえる感想が届きます。
型押ししたような平山の毎日は若い世代の人からすれば面白味がないものに見えるかもしれないけれど、年を重ねていくと当たり前のことを当たり前にすること、毎日同じことを繰り返すことの難しさ、その時間の積み重ねが如何に贅沢で貴重なのかをじんわりと確認していく作業が増えます。
今日1日の天気がどうなのかとTVの天気予報を見るでなく、家を出てすぐ上に広がる空の表情で知り、風や光の加減で季節を感じたりと、心に余裕がないと出来ません。毎日の繰り返しは決して同じではなく、むしろ同じ一日なんて決してない。無駄を削ぎ落し、自分にとって大切なものだけを愛おしみ日々を営む平山の生活は都会に住む人ならなおさら羨望の的なのかもしれません。
だからこそ、平山の生活を垣間見るだけでこちらの心も豊かになり、と同時に「自分の人生ってどうだ、こんな風に日々を慈しんでいるのか?」と考えてしまうからこの映画が観客の心にグっと入ってくるんだと思います。そして年が明けてすぐに起きてしまった大地震・・・我らが何気なく送っている日常を当たり前と思ってはいけないと再認識させらたこともあって+αな意味をもつ作品にもなった気がします。
平山が清掃の担当をするトイレは“THE TOKYO TOILET”というプロジェクトの一環で登場した実在する渋谷の公共トイレで、安藤忠雄、伊東豊雄、隈研吾ほか日本を代表する建築家たちがリデザインしました。いわゆるアートプロジェクトが発端で映像化の話が膨らみ、ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース(『パリ、テキサス』、『ベルリン・天使の詩』など)がこの映画の監督を務めました。
平山が好む音楽や本といったソフィスティケートされている嗜好はヴェンダース映画のまさに主人公らしさがあり、かつ小津安二郎監督を敬愛していることでも有名なヴェンダース監督の小津フォロワーとしてのこだわりも臆することなく随所に表現されていて、そういった点で映画ファンの心もくすぐられます。
そして何より主人公平山を演じた役所さんの演技の圧倒的素晴らしさよ!!平山自身が寡黙な上に映画の中でも彼の背景が多くは語られないにも関わらずあんなに実在性を持たせかつ、こちらの感情に表情ひとつで揺さぶりをかけてくる。とっくの前に知ってたけど役所さん、本当に凄い、いい役者!!この演技で第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞。だろうよ、だろうよ!
他愛のない日常と片付けてしまえばそれまでだけど、いつもの一日はいつも新しい別の一日、そんなことを思いながら繰り返す一日一日は積み重なって“PERFECT DAYS”になるかしら・・・
By.M
(C)2023 MASTER MIND Ltd.