先週はカンヌ国際映画祭が開催されていました。今や日本を代表する監督の1人、是枝裕和監督の新作も出品。
今回ご紹介する作品は5/21(土)公開の『海よりもまだ深く』です。
離婚した妻(真木よう子)に息子(吉澤太陽)の養育費も満足に払えないのに、ギャンブルに走り、15年前の文学賞受賞という過去の栄光に未だ未練タラタラな男。それが本作の主人公・良多(阿部寛)。台風が迫ってきたある日、離れ離れになった元家族が良多の母(樹木希林)の住む団地に集い、ひと晩を共に過ごすことになります。
この映画には「夢見た未来とちがう今を生きる、元家族の物語」とか「なりたかった大人になれた?」といったキャッチコピーがついています。良多はまさにそんななりたかった大人になれなかった男として描かれます。息子、夫、父、弟といった役割がありながら、どの役割もうまく立ちまわれず、元妻には愛想尽かされ、息子からも「お父さん、お金大丈夫?」と心配される始末。あげく、姉(小林聡美)の元にお金の無心に出かけ「いい加減にしてよね。お父さんにそっくり」と言われ、良多にとっての"こんな大人にはなりたくないNo.1"の自分の父親と自分が同じ道を歩んでいる気がしてますますうんざりするのです。
でもそんな良多でも母だけは何だかんだで優しい。いい年になってもいつまでも母親にとって子供は子供なんですよね。花も実もつかないと愚痴をこぼしながらも良多が植えたミカンの木に毎日水やりをし「でもこの前、虫が葉っぱにいてね~。まぁどんなものでも何かの役には立ってるわよ」とまるで息子を愛でるように大切に育てているのです。
そんなどこにでもあるような親子、家族の日常の一コマ、一コマが丁寧に描かれる本作。私も若い時は親にいちいち悪態を付いたりしたものですが、気付けばどんどんそんな親に似てくるし、自分が成長しきれていないことは棚に上げて、親に一丁前なことを言ったり、その癖やるべきこともやらず親不幸ばかり。若い頃は映画の中のダメな大人を見ていても「あんな大人にはなりたくない」なんて嫌悪していたのに、今ではすっかり自分がそんなダメな大人の仲間入り、むしろ気持ちがわかり過る、なんてことも。
(ダメダメな良多を慕う後輩の町田(左)、演じるの池松壮亮くん。二人の関係が疑似親子のようでまた良いんですよね。)
良多も若い青年に向かって「そんなに簡単になりたい大人になれると思うなよ」と言い放ちますが、本当、思ったような大人になんてなれないですよね。年を重ねればもうちょっと大人らしい、多少の立派さみたいなものを身に付けられると思っていたのに・・・。良多の姿を見ながら「これ俺か?私か?」なんて思う人も多いと思います。
そして「こんなハズじゃなかったのに・・」という気持ちを抱えている良多は同時に昔の想い出、栄光、未来への淡い期待といった今ないものにばかり囚われて前に進めない男としても描かれます。執着を捨て生きる方が幸せになれるのに、人も幸せに出来るのに・・・「それって執着ですよね」と指摘されても「執着なんかじゃない、責任感だ。」と言って自分を偽ってしまう。本当ダメダメちゃんです。そんな良多へ、樹木希林さん演じる母が冗談まじりの会話の端々で「男は何で今を生きられないのかしら」なんてことを言うからまたドキっとさせられたりもするのです。
(是枝作品は初参戦の小林聡美さんが良多の姉を演じます。希林さんとの絶妙な母娘演技がまたたまりません!)
ひょんなことから、台風の夜に一夜を共に過ごすことになる、良多と元妻、息子そして良多の母。台風の訪れでまさに良多の人生も"雨降って地固まる!"といった所までにも行きつかないし、この日を機に何かがちょっと変わるかもしれないし、変わらないかもしれない・・・ぐらいの曖昧な予感だけが残るけれど、でも台風一過の後の風景のように、どこか晴れ晴れとした余韻と共に「あ~人生って思い通りになんてならないけど、これが生きていく、ってことかもな~」なんてちょっぴり優しい気持ちになれるのでした。
By.M
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