ウラシネマイクスピアリブログ

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『帰らない日曜日』

 たった1つの出来事でも人生は一変する・・・今回は5/27(金)公開『帰らない日曜日』をご紹介いたします。

 舞台は1924年のイギリス。その日はイギリス中のメイドが年に一度の里帰りを許される<母の日(Mothering Sundayマザリング・サンデー)>。だがニヴン家で働く孤児院育ちのジェーン(オデッサ・ヤング)には帰る家はない。そんな彼女がその日を共に過ごす相手はシェリンガム家の跡継ぎであるポール(ジョシュ・オコナー)。二人は身分を越え愛し合っているが、ある日、全ては変わってしまう・・・・

 使用人たちに年に一度だけ与えられた休暇。行く場所のないジェーンはポールの元を訪れます。そんなポールは結婚を控えた身なので長く続いていた二人の逢瀬も刹那的な空気が漂います。決して叶うことはない恋であると知っていながら共有される二人の時間は官能的に描かれながらも同時にある種の親密さも伺え、まるで絵画のような美しさがそこにあります。それはこの映画が後に作家となったジェーンの回想シーンとして描かれるからかもしれません。

 身分違いの恋をするメイドが主人公となると女性だけが利用される立場に立っていると思われがちですがポールは戦争のため兄弟を亡くし、自分が唯一残った後継ぎ息子として望まぬ結婚をせねばならない境遇にいること、また周囲が望むように生きることをただ受け入れるだけの存在に描かれるため、他者から利用され生きているのはむしろポールの方だともとれます。

 一方で逢瀬の後、ポールがフィアンセとのランチに出かけたため、一人屋敷に残されたジェーンが裸のまま書斎で煙草をくゆらせ大好きな本を手に取り、またキッチンに用意されていた食事を無造作に食べるシーンなど、束縛もなく、思うがまま行動するその姿にこの後の彼女が選ぶ道が示唆されているようにも思えます。そう、この後に待ち受けるある出来事を機にジェーンは新しい一歩を踏み出すこととなるのだから・・・たった1日、たった1つの出来事で人生は一変する、人生は本当に不確かで曖昧なものです。

でもこの映画で描かれるのは何者でもなかった女性がある大きな変化を機にそこに立ち止まらず人生を自らの手で紡いでいく姿を描くというのがとても現代的なメッセージを含んでいるように思います。

 そんな風に本作は自分の物語を得た、新しい出発を手にした女性の物語ではあるのですがと同時に大切なものを失った人の物語でもあります。その中でも悲痛なのはジェーンが使えるニヴン家の夫妻で二人は戦争で息子を全員亡くしてしまいます。喪失から立ち直ることが出来ず失意の底にいる妻クラリー(オリヴィア・コールマン)、そんな彼女が生まれながらに孤独だったジェーンに投げかける言葉、また同じ哀しみを抱えながらも気丈であることを装わねばならない夫コドフリー(コリン・ファース)の空虚な眼差しも強く印象に残ります。

 本作は(イギリスの権威ある文学賞)ブッカー賞作家グレアム・スウィフト原作『マザリング・サンデー』を映画化した作品なので海外文学がお好きな方なら書籍のタイトルでピンときた方もいらっしゃるかもしれません。原作の読後感は失わず、ジェーンが転換期を経てからのその後の人生によりフォーカスを当てた本作はきっと原作ファンの方にも気に入ってもらえると思います。

 サンディ・パウエル(『シンデレラ』『メリー・ポピンズ リターンズ』ほか)が手掛けた衣装の数々もとても素敵なのでそちらもぜひご注目を!

By.M