『大河への道』
伊能忠敬、55歳から地図作りを始め、日本全国を歩いて測量すること17年。人工衛星も飛行機もなかった江戸時代、日本初の実測地図「大日本沿海輿地全図」(伊能図:衛星写真の日本列島との誤差僅か0.2%!)を完成させたその人。こんな偉業を成した人物なので映画の主人公にはうってつけですが、伊能図にまつわる衝撃の事実を元に描かれるのが本作。今回は5/20(金)公開『大河への道』をご紹介いたします。
と言ってもこの映画、伊能忠敬物語をただ描いた訳ではありません。舞台は現代。我が町のスター伊能忠敬を主人公にした大河ドラマを誘致し、街おこしをしようと考えたのは千葉県香取市役所総務課主任の池本(中井貴一)。部下の木下(松山ケインイチ)と頭を悩ませ有名脚本家の加藤(橋爪功)にプロット(あらすじ)作成をしてもらうところまで行き着く、がそのリサーチ中に伊能忠敬が地図完成の3年前に亡くなっていたことを知る。「これでは忠敬を主人公にした大河ドラマを作れない!」
舞台は江戸時代へ・・・地図の完成を見ることなく亡くなった忠敬。弟子たちは師の志を受け継ぎ、天文学者髙橋景保(中井貴一)の力を借りて、地図を完成させることを心に誓う。忠敬が生きているように偽装する行為は幕府への謀反にも繋がるのだが・・・
と言う風に「大河ドラマは完成するの?」という現代パートと「地図は完成するの?」という江戸時代パートの二つの物語をキャストが一人二役で演じていく、そんな新感覚時代劇が本作です。
この現代と江戸時代パートのコントラストがいい。ひょんなことから“大河ドラマ”作りのプロジェクトリーダーになった池本主任は上からのプレッシャーとどうも噛みあわない木下との狭間で板挟みな中間管理職。肝心の大河ドラマ作りはなかなか進展せずでトホホな状況。そんな池本主任の気持ち「わかる!」となる方も多いことでしょう。それでも彼は地道な地図作りの過程を知るにつけ、どんどん忠敬とその仲間たちに魅了されていきます。
一方、打ち首覚悟で地図完成に邁進する忠敬の弟子たちのひたむきさ、また彼らの熱意に打たれ地図作りに巻き込まれ、次第と気持ちを同じくしていく天文学者の髙橋を始め周囲の人々の姿も実直に時にコミカルに描かれ胸が熱くなっていきます。
だって確かに伊能忠敬は偉人だけれど、この偉業は彼だけの力では決して成し得ていないから。それを陰ながら下支えした人たちの不断の努力があってこそ成しえたものだというのをこの映画が雄弁に語っていくから。映画の多くはスーパーパワーや異彩を放つ才能を持った一握りの人が主人公になって世の中を変えていく事が多いですが、我々市井の日常は名もなき人たちの地道な積み重ねがあってこそじゃありませんか。
忠敬を知れば知る程凄い人、その事実は変わりませんが名を残すことはなかったけれど共に夢を実現しようと志を持って生きた市井の人々の姿が温かい眼差しで丹念に描かれるからこそこの映画はグっとくるんです。
この映画、元ネタは「ためしてガッテン!」でもお馴染、落語家立川志の輔師匠の作った新作落語。志の輔さんの落語に感動した中井貴一さんが色々な思いをもって映画化を企画した、といのうが始まりです。落語の世界は偉大な人物が主人公になることはほとんどなく、登場人物のだいたいがちょっと抜けてて、ダメダメな人。
それでも落語の世界では居場所を与えられ、楽しく生きています。そんな姿に自分も重ね、くだらないことに笑いながらも人はすべからく存在するに値すると全肯定されるようで気持ちも軽くなっていきます。そんな落語の世界から生まれた話だからこそこの映画の主人公は伊能忠敬ではなく、彼を支えた人々、彼に憧れを抱いた人々なんです。
実は私、志の輔師匠の「大河への道」を聴いて感動のあまり(劇中登場する)伊能忠敬記念館にも行ったことがあります。そんな私もおススメする1本なので機会あらば落語でも是非楽しんでいただきたいです♪
追伸、
時代劇パートにおける中井貴一さんの所作が素人目に見ても素敵すぎるので注目!
By.M
(C)2022「大河への道」フィルムパートナーズ