ウラシネマイクスピアリブログ

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『運び屋』

 今回はイーストウッド10年ぶり監督・主演作をご紹介いたします。3/8(金)公開の『運び屋』です。

イーストウッドが今回演じるのは高級なユリを栽培するアール。その界隈では知らない者がいない人気者的な存在なのですが、仕事にかまけて家庭を一切顧みなかったことから妻や娘からも距離を置かれています。

時は流れ、順調だったユリの栽培は自宅も農園も差し押さえられる程低迷し、仕事を畳まざるを得ない状況に・・・90歳を迎えるのにアールは全てを失くしてしまいます。そんな時に紹介された“運び屋”の仕事。荷物を指定場所に運ぶだけで大金を手に入れたのですが、その荷物は麻薬ドラッグだったのです。

 この映画、先ず予告編をご覧になっていただきたい。期せずしてメキシコの麻薬カルテルの運び屋となってしまった老いた男。迫りくる捜査の手、でも全てを失った男に恐れるものはない。残り限られた人生、自分は止まることも出来ない、ただ走るしかないんだ・・・そんな鬼気迫る映像は特にスクリーンで観るとそれだけで1本の映画を観たぐらい見応えたっぷり。名作『グラン・トリノ』に続く、集大成的な渾身の1本を私たちに届けてくれるのかぁぁぁ、と武者震いがするぐらいの気迫を感じるのです。

 イーストウッドからのメッセージをシカと受け取ろうと心の中では正座して挑んだ訳ですが、なんとこの映画、イーストウッドの茶目っ気が炸裂した、イーストウッドやりたい放題映画という一面が!『グラン・トリノ』と脚本家が同じなのでどこか共通する要素に目がいきがちですし、あの映画にあったような善きものを後世に残したい、そのために自己犠牲も厭わない、そんな渋い男がまた登場するのかな、と思うじゃないですか。でも今回はなんともお茶目におとぼけ爺ちゃんを演じているんです。「イーストウッド、今回はそうきたか」と。

 そしてアールは女性(全般)が大好きで「べっぴんさんがお揃いで」とリップサービスもかかしません。家庭はとにかく蔑ろなのに外面だけはすこぶる良く、こういう人が身内にいると本当に腹がたつものです。そんな男が唯一自分に心を開いてくれている孫娘の幸せのために、今さらながら苦労をかけた妻・娘への詫び、贖罪のためにお金を稼ごうとする。ダメ爺ちゃんが、麻薬カルテルの運び屋になるのですから、ダメ爺ちゃんどころではありませんが・・・笑

でも演じるイーストウッドは嬉しそうに楽しそうに演じます。アールは犯罪に手を染めているにも関わらず、ひょうひょうと運び屋稼業を続けます。積んでいるのは何せ麻薬ドラッグ、あらゆる危険と背中合わせなのに、カーラジオからの音楽に合わせ歌いながら、美味しいハンバーガー屋に途中立ち寄ったりしながらと、まるで犯罪に手を染めている人間とは思えません。気負いも一切なく仕事をするものだから却って失敗もなく、運ぶ頻度、ドラッグの量も増え続け、麻薬カルテルのボスに気に入られて自分の孫娘ぐらいの女性をプレゼントしてもらい、遊んじゃうぐらいのやりたい放題っぷり。

そう言えば、イーストウッド自身、お付き合いした女性は数知れず、66歳の時にも娘を授かっているという事実を鑑みるに、アールはイーストウッドじゃないか、と。しかもアールの娘役を演じるのはイーストウッドの本当の娘さんなので劇中「お父さんは仕事ばかりだったじゃない」と敵意むき出しにしているその様、その眼差しはきっと演技というより、実体験からくる内なる想いが自然と出た成果なんじゃないか、と思われます・笑

 やっていることはとんでもなく人の道を外れた行いだし、警察の捜査でアールはどんどん追い込まれてはいくのですが、悲壮感や緊迫感を感じるより、悔いのある人生への区切りをつけようとしている、詫び行脚としての“運び屋”稼業の終焉=赦されることを求めている、そんなアールの姿に穏やかさすら見い出してしまうのでした。

 本作では『アリー/スター誕生』の監督・主演のブラッドリー・クーパーと共演。(あの映画自体、イーストウッド監督で当初は企画が進んでいたのは有名な話ですね。)アールを追う敏腕捜査官で登場しますが、その役回りがまた話のスパイスになっている上に愛弟子筋を指名してのお仕事、というのがまたグっときます。

 この映画を観るとイーストウッド、やる気充分、まだまだお盛ん!とは思いますが、オンタイムでイーストウッドの映画が観られるこの幸せを是非スクリーンで噛みしめて下さい!

By.M