『おらおらでひとりいぐも』
将来に不安を感じざるを得ない今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか?今回はそんな不透明な先行きを前に晴れ晴れとした気持ちを抱かせてくれる作品、11/6(金)公開『おらおらでひとりいぐも』をご紹介いたします。
一人暮らしの桃子さん(田中裕子)、75歳。1964年東京オリンピックの年に田舎を飛び出し上京し55年。二人の子供も独立し、夫婦水入らずの老後を過ごそうとしていた矢先、夫・周造は他界。桃子さんはひとりぼっちの生活を送っています。がある時、心の声が分身となって現れます!?
本作は芥川賞と文藝賞をW受賞した若竹千佐子さんのベストセラー小説の映画化。特に何にもしない一日を過ごす桃子さんの前にふと現れたのが「おらだばおめだ」とリズミカルに話し出す心の声、寂しさ1、2、3。映画では擬人化され濱田岳、青木宗崇、宮藤官九郎という男性陣が演じるのも味わいですが、そんな彼らと会話しながら桃子さんは一人になった自分の今とこれまでの人生を振り返ることに・・・若い頃の桃子さんは蒼井優、旦那さんの周造を東出昌大が演じます。
前半では現在の桃子さんの日常がたっぷり描かれます。朝は決まったメニューで腹ごしらえ、図書館に通って図鑑を借りては太古の生物に思いを馳せノートにまとめたり、待ち時間は異常に長く、診察は瞬殺で終わる病院通いをしたりと平坦な日々。劇的に楽しいーーー!と思わされる出来事はありませんが、桃子さんの毎日はどこかコミカルで趣きもあります。
特に腰が悪い桃子さんが毎日湿布を貼るシーン。思うように湿布が貼れない、というのはお一人様あるあるでとても切ない生活のワンシーンでありながら本作においては神々しい儀式のごとし。(撮影は『万引き家族』などでお馴染の近藤龍人)最近忘れっぽくなったとぼやく桃子さんですが、生命力が感じられるこの映画屈指の力強いカットです。
時にはオレオレ詐欺まがいの電話があったり、たまに娘が孫を連れてやってきたと思ったらお金の無心だったりで、高齢の親を持つ身だと自分の親を桃子さんに重ねてしまい胸がチクリとなることもあるのですが・・・
そして寂しさたちの登場に若かった頃を思い返すようにもなった桃子さん。頼るあてもなく上京したこと、なまりが抜けずに恥ずかしかったこと、やっと友達が出来たこと、夫となる周造との出会い、結婚してからの日々。手に入れた現実はささやかながらも幸せに溢れていた。「あー、これからずっと一人ぼっちか」と思いつつ、一方で自分がなぜ故郷を飛び出したか、自分がどんな女性になりたかったのか、と忘れていた記憶も取り戻していきます。
そう、この映画は一人ぼっちになった桃子さんの気付きの物語。そりゃあ桃子さんは典型的な“孤独なお一人さま老人”です。子供たちは親を離れ、夫もいなくなったけれど、煩わしさからは解放です。寂しい時は想い出が桃子さんを支えるし、頭の中でチャチャをいれてくる寂しさたちだって一緒です。桃子さんは一人になったからこそ気付いてしまったのです、「一人って、自由なのかも。」と。
『おらおらでひとりいぐも』は、私は一人ぼっちで寂しく生きる、ではなく“私は私らしく生きていく”ということ。どうせ死ぬ時は一人な人生、一人だからこそ出来ることもある。年を取ると図太くなってなのか生き易さを感じることもあるし、いろんな価値観があってそれを世間が受け入れるようになってきた今、一人であることはもっと歓迎されても良いのだー!と。そう思わせてくれる桃子さんを田中裕子さんが演じたことが何と言ってもこの映画の最大のチャームポイントなのでした。
老化は辛いけど、年を重ねることは悪くなーーい。
By,M
(C) 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会