『ハッチング -孵化-』
この映画のポスター、遠目から見るとファンタジー、よく見ると不穏・・・それはこの映画の中で描かれる世界そのものなんです。今回ご紹介するのは4/15(金)公開『ハッチング -孵化-』です。
12歳のティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は完璧で幸せな家族の姿を動画配信することに夢中な母親の元で暮らしている。父、弟はそんな母に協力し、ティンヤも大好きなママのために自分の気持ちを抑えながら母親の言われる通りに生きていた。ある日、森の中で奇妙な卵を見つけたティンヤは家族に隠れ子供部屋で大事に温めていると卵は次第と大きくなっていき、ついには孵化、“それ”が生まれる・・・・
本作はフィンランドの映画監督ハンナ・ヴェルイホルムが手掛けた彼女にとっての長編デビュー作。映画のルックスは北欧スタイルに装飾された日常でスウィートな物語が展開するかのようですが、ダークファンタジーホラーとでも申しましょうか、少女漫画のような世界観の中で現代的かつ普遍的な闇が描かれます。
女の子が拾ってきた卵を温め、そこから何かが生まれ出るって、そう聞くだけでとんでもないもの爆誕!な予感しかありませんが、そもそも冒頭からモデルルームのような一軒家の一室から幸せいっぱいな笑みをたたえ、母親が「私たちの家族はこんなんで~す」と配信しているシーンだけでもう既にホラー。背骨が浮き立つ程のか細いティンヤが柔軟体操をしている様もこの後生まれ出てくる“それ”を予感させ「嫌だなー、嫌だなー」と心の稲川淳二がざわめきます。
ティンヤは体操選手として初めての大会に向けて日々頑張っていますが、それも自分の意思というよりは母親を喜ばせたい、ひいては母親に好かれたいという一念からだというのも描かれます。一方母親は娘の幸せのためにというよりも自分が若い頃になしえなかった成功体験を娘が実現させることで追体験しようとしているだけ。娘でさえも自身の成功の証の1つとして所有物化する様は典型な毒親です。
真の愛情ではないと子供ながらに気付いていながらそれでもなおティンヤは母の愛情を欲し、一方で母親からの抑圧と言う名の心ない言葉や態度で激しく傷つき、ティンヤは暗澹(あんたん)たる気持ちを抱えることになります。そんな負のオーラ全開な感情を元に芽生えたティンヤの母性は“それ”に一身に注がれ「そりゃあ、邪悪なものに成長しちゃうよね・・・」な展開です。
彼女の愛情を受けた“それ”はティンヤのためならと狂気の存在になり暴走するのですがその行動自体ティンヤ自身に重なるし、負のループが広がっていく顛末はどこか悲しくもあるのでした。
思春期の女の子の不安定な気持ちや愛情の持って行き方の難しさ、またありもしない理想を表面上では簡単に再現出来てしまうSNSの怖さなどなど、ここで描かれる闇の元凶は様々ですがそれゆえに観た人の共感ポイントは多いのかもしれません。
お天道様の空の下でも地獄絵図が描けると証明した『ミッドサマー』、それに次ぐ柔らかな日差しの元で描かれる少女の闇・・・映画界における北欧ブームはまだまだ進化しそうです。
By.M
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