『アイ・アム まきもと』
今回ご紹介する作品は見た目コメディ?テーマはシリアスでも最後にはほろっと、9/30(金)公開『アイ・アム まきもと』です。
市役所勤務の牧本(阿部サダヲ)の仕事は人知れず亡くなった人を無縁墓地に埋葬する“おみおくり係”。ただ彼は遺骨の引き取り手を探すためにちょっと行き過ぎた行動をするので警察からも若干うとまれ気味。ある日、新しい局長が市役所に赴任したことで彼の仕事は廃止を言い渡されてしまいます。そんな彼の最後の仕事は自分の向いのマンションに住む老人・蕪木をおみおくりすることでした。
この映画を語る上での筆頭はやはり“主演・阿部サダヲ”。阿部さんと言えば、血も涙もないサイコな男を演じ、その演技がヤバ過ぎるーーーと評判になった『死刑にいたる病』が2022年上半期の大ヒット映画の1つとなりました。確かにこれまでもクセのある役を演じてきた阿部さんですが、コメディタッチが多かったのでそのギャップはかなりのものだったと思われます。そしてどんな役も自分のフィールドに引き寄せてしまう演技力とあの眼(まなこ)のせいであまたの観客を震えさせることとなったのです。
一方、今回演じる牧本はこれぞと決めると周りがすぐ見えなくなり、空気を読むのも苦手なまっすぐな男。ここでの阿部さんの眼差しはピュアそのもので同じ眼とは思えません・笑。一見、ちょっと面倒だな~と思うタイプの人間に映るかもしれませんが阿部さんが演じたことで可笑し味とちょっぴりの寂しさが共存していて何だかほっとけない牧本像が出来上がりました。もうどんだけ幅があるんだ!
そもそも“おみおくり係”自体、誰もが進んでやるような仕事ではありません。でも牧本は嫌な顔一つせず、遺骨を引き取ってもらえるようにと家族を探し、自費でお葬式を手配したりと奔走します。でも誰にも気付かれずに亡くなるという最期を迎えた故人だけあって、そもそも人づきあいが悪かったり、家族ばかりか社会そのものとの結びつきが離れている人も多く善意の気持ちも疎まれることしばしで彼の仕事はそう簡単にはスムーズに進みません。それでも牧本は1人1人の死に向き合います。
そこで見えてくるのは骨壷の中に納まればどれも同じように見えても、故人それぞれに人生があるということ。とても当たり前のことですが新しい局長が牧本の仕事を否定したように、合理化、効率化に進み過ぎる社会はそこからこぼれ落ちる人、物事を平気ではじき飛ばそうとします。でも例え1人で孤独に死にいく人であってもそれぞれに人生はあり、その生きた証をすくい上げるように牧本は最後まで故人に寄り添い続けるのです。それは今の社会にとっては悲しいかなファンタジーの中でのみ存在する行為に映るかもしれませんが。
それでも劇中、牧本を否定する局長に対し上司(篠井英介)が彼を庇ったり、いつもやりあってばかりの刑事(松下洸平)も牧本が本当に困っている時に見せる思いやりなどはさりげなく描かれるシーンですが、心が救われるような気持ちになります。きっと牧本の他者を思う気持ちが周りをも変えた瞬間のように思えるから・・・生きていればどんな人だってお互い様で成り立っているし、少しぐらいもたれかかって生きていける世の中の方が生きやすいもの・・・
この映画は2013年に製作され2015年にシネマイクスピアリでも上映した『おみおくりの作法』の日本版リメイクです。約10年でこの映画がこんなにも今の日本に必要な映画になるとは思わなかった、そんな寂しい気持ちを抱えながらも自分の中に小さな牧本を住まわせることから始めようかな、と思ったりしています。
By.M