ウラシネマイクスピアリブログ

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『ザリガニの鳴くところ』

 タイトルを聞いただけではさっぱりどんな話かわからない、そんな映画がたまにあります。今回ご紹介する作品は11/18(金)公開『ザリガニの鳴くところ』。ホラー?ネイチャーもの?いえ、切ないミステリー映画なんです。

 舞台はノースカロライナ州の田舎町。裕福な家に生まれた青年チェイス(ハリス・ディキンソン)の変死体が湿地帯で発見される。容疑をかけられたのはその湿地帯で暮らすカイア(デイジー・エドガー=ジョーンズ)。彼女は6歳の時に両親に捨てられ、学校にも通わず湿地帯の自然から生きる術を学び一人で生き抜いていた。チェイス殺害の被告人として法廷に立った彼女だが、弁護人から語られるその人生は誰にも想像しえないものだった・・・・

 原作はアメリカを始め海外でベストセラー、日本でも2021年本屋大賞翻訳小説部門第1位になっています。原作本に感銘を受けたテイラー・スウィフトが自らの申し出でこの映画にオリジナルソングを提供していることでも知られています。

 この映画を切ないミステリー映画と書きましたがそれ以上に一人の少女のサバイバル映画ともとれます。日常的にDVを繰り返す父親の元での生活を余儀なくされていた家族。「暴力をふるわれそうになったら“ザリガニの鳴くところ”へ逃げなさい」という母親の口癖がこの映画のタイトルにもなっていますが実際には鳴かないザリガニの鳴き声が聞こえるぐらいの深いところに逃げ込みなさい、というサインだったのでしょう。結局は父親まで家を出て、幼いカイアだけが一人残されるという状況になってもなお、町の人はカイアを“湿地の少女”と呼び、蔑み、忌み嫌うだけでした。

そして事件が起きた時にカイアに向けられたのは「あんな生活を送っている子だもの、きっと犯人に違いない」という偏見の眼差しでしかありません。なぜ人は自分と違う立場にある人や境遇の人をただ“何者かわからない”というだけで存在を恐れ、その人自身を知ろうともせずに排除してしまうのでしょう。

 それでも小さな店を営む(当時は同じく差別される側だった)黒人の夫婦、弁護を買ってでたミルトン弁護士(デヴィッド・ストラザーン)、カイアの兄の友人だったテイト(テイラー・ジョン・スミス)だけが彼女に手を差し伸べた町の人でした。テイトは読み書きを教え、湿地の観察スケッチを描くという才能を彼女から見出します。先入観に惑わされることなく、自分の価値観で接することが出来るテイト、二人が恋に落ちるのも必然でしょう。

でも幼い頃から社会から孤立し生きてきたカイアの生きる道がそうは簡単に進まないということは想像に難くなく、それは結果的に切ない現実をも引き寄せることになります。だって彼女は幼い頃から自然の一部として生きていたから。自然の中に生きるということはどんな小さな存在であれ、いや小さな存在だからこそサバイブするためには必死さが求められるのです。自然とは強い者しか生き残れない残酷な場所だから・・・

 物語はカイアのこれまでの人生を回想しながら、裁判での様子も描かれていきます。最終的にはチェイスの殺人事件の謎が解明されることにはなるのですが、そこにいきつく過程を思うと胸が詰まる思いです。自然界のルールの中ですべてを学んだ彼女は生きることにただただ懸命でまっすぐであったのだとより強く感じさせられるから。

 余韻すら“ザリガニの鳴くところ”に静かに飲み込まれていくようなこの作品、原作とあわせてお楽しみください。

By.M