ウラシネマイクスピアリブログ

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『TAR/ター』

 エリザベス女王、中つ国のエルフ、ボブ・ディラン、シンデレラの継母などなど、あらゆる役を自由自在に演じ、観客の心を奪ってきた俳優、ケイト・ブランシェット。尊敬の念を込め“ケイト様”と呼ぶ映画ファンも多いのですが、演じる度にその作品全体を掌握してしまう程の存在感を放つケイト様の最新作がついに公開です。今回は本年度アカデミー賞作品賞・主演女優賞ほか6部門にノミネート、ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)を受賞した、5/12(金)公開『TAR/ター』をご紹介いたします。

 世界最高峰のオーケストラの1つ、ドイツのベルリン・フィル女性初の首席指揮者であるリディア・ター(ケイト・ブランシェット)。類まれな才能、それを上回る努力、セルフプロデュース力でもってその地位を築き上げた彼女。自伝の出版、新曲の創作やマーラーの交響曲全曲録音に取り組んだりと常に第一線で活動をしている。そんな時にかつての教え子の訃報が飛び込み、ある疑惑をかけられた彼女はどんどん追い詰められていく・・・

 とにもかくにもケイト様の圧倒的カリスマ性の上で成り立つこの映画、「私に刮目せよーーー!」というケイト様の意気込みがスクリーンからほとばしっております。この映画の制作に入った時ケイト様は別の2つの作品も同時進行で参加していたらしいのですが、指揮者としてのスキルを習得しただけでなく、ピアノ、ドイツ語、アメリカなまりの英語もマスターし、劇中ケイト様が指揮した演奏シーンは撮影現場で同時録音が行われ、それが映画にそのまま使われた上にサントラ版として(世界で最も長い歴史を持つクラシック音楽のレコードレーベルから)発売されたという、フィクションの世界を飛び越えている展開です。

この徹底した本気度がケイト様のいつもの平常運転なので、名だたる監督たちもケイト様に熱烈オファーをするんだと思いますが、本作もケイト様を想定して書かれた脚本だそうです。

 そんなケイト様無双を心ゆくまで堪能するのがこの映画ですが、男社会なクラシック業界界隈で女性であるターがガラスの天井を打ち破り、のし上がっていく・・・というような有り体な話ではありません。だって、彼女は既に全てを持っている人なのだから。自身はレズビアン、恋人で自身のオーケストラのコンサートマスターでヴァイオリン奏者のシャロン(ニーナ・ホス)と養女を育てています。でもその振る舞いはいわゆるTHE男社会の悪しき風習にのっとったような感じそのもの。人は権力を持つと手をつけられないモンスターになるものよねーー、性別どうこうって話じゃないねー、というのを象徴したような人間、それがターなのです。

 学生相手にマウントを取り、相手が子供だろうと容赦なく恐喝し、自分の権限を乱用し弱い立場の者を意のままにし、反抗されれば二倍返し、気に入った新人が現れると露骨に贔屓する、あらゆるハラスメント盛りでターは人間的にはアウト過ぎるのですが、その役をキマリまくったケイト様が演じるものだから不思議な魔力とでも申しましょうか、一瞬惑わされたりもして、「いやいや、いかん、いかん」と自分を試されるようです。

 自己顕示欲、欲深さ、高慢さといった嫌なもの成分の塊で出来上がっているターはやりたい放題な振る舞いで他を寄せ付けない存在ではあったのですが、元教え子が自殺をしたことを機に、じわじわと破滅への道を歩むことになります。

ヒエラルキーの頂点に君臨していた彼女が崩れ落ちていく先は・・・・その結末にはいろいろな妄想が膨らむに違いありません。あの光景は狂気なのか、救いなのか、はたまた虚構なのか・・・その目で、耳でお確かめあれーー

By.M