ウラシネマイクスピアリブログ

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『碁盤斬り』

 『死刑にいたる病』や『孤狼の血』シリーズなどで知られる白石和彌監督×草彅剛がタッグを組んだ時代劇が公開されました。今回ご紹介するのは5/17(金)『碁盤斬り』です。

 柳田格之進(草彅剛)はいわれのない嫌疑を理由に藩を離れ今は浪人の身。亡き妻の忘れ形見であるお絹(清原果耶)と裏長屋に暮らしている。柳田の慎ましい暮らしの中での楽しみは両替商の万屋源兵衛(國村準)と囲碁を嗜むこと。しかしある晩に万屋の50両が紛失し、柳田が疑われる・・・

 本作は古典落語「柳田格之進』をベースにした物語。落語には“滑稽噺(こっけいばなし)”と呼ばれるばかばかしいやり取りを楽しむだけでなく、“人情噺”と呼ばれる親子、夫婦などの情愛を(物語のように)味わうものがあり、「柳田格之進」は人情噺の大ネタの1つです。落語の登場人物はだいたいが貧乏長屋に住んでいるようなどこにでもいる市井の人々。歴史上の人物はほぼ登場しませんし、出てきたとして決して彼らは主役にはなりません。名もなき人々の日常における悲喜こもごもが落語の世界の中心。時代が移り変わろうとも人間の心のあり様はそう変わらない、そんな一面を描く芸能だからずーっと残っているんだと思います。

 で、本作の主人公・柳田格之進。とても偉い方だったけれど今は貧乏なはぐれもの浪人。曲がったことが大嫌いで、礼節を重んじて生きています。そんな柳田がある日、50両紛失の疑いをかけられます。そこで彼がとった行動は、自分はおろか一人娘さえ失いかけることにまで発展します。身の潔白は明らかなのできちんと話せば相手もわかるだろうに、と思うのですが柳田は自分の中の譲れないものを前にプライドをかけて断固迎合などしません。この「そこまで真っすぐでなくたって・・・でもこの人はそう生きる道しか知らないか・・・・」と思わせられるか否かがこの物語に入っていけるかの分かれ道となるんです。

 落語の場合、そんなところに噺家(ななしか)の技量が試される訳ですが、映画『碁盤斬り』では草彅さんが演技でもってザ・柳田という男を作り上げます。「実直が過ぎる!」だからこそ、身に覚えのない疑いの前には一歩も譲らない、そのためには命さえかけるという狂気すらほとばしる男を見事に演じます。普段の草彅さんは飄々としたイメージなのにそんな姿はここで一切ありません。

 柳田はまっすぐな人間だから人望も厚く、誠実な人と映るのですが、それが過ぎるがために物事が複雑になってしまい、柳田にとっての諸刃の刃になってしまうんです。草彅さんも演じながらも最初は柳田が「正直、面倒くさい!」と思ったとか。でもこういうどうしようもなさこそがその人がその人たる所以だし人間の魅力だと思うんです。落語を聴いていても主人公が取る行動が時代や自分の価値観と合わないな、と思うことも正直あります。でもそうでしか生きられない主人公の悲哀を知ってしまうと、ほだされてしまうというか、理解したくなるというか・・・そもそも落語とは業の肯定ですから・・・(by.立川談志) だから草彅さん演じる柳田にも歯痒い!と思いつつもむしろその実直さ、潔さに現代人では持ちえない純粋さを感じてしまいます。

 今回、映画化にあたっては亡き妻のための仇討ち要素が組み込まれていたり、万屋で働く弥吉(中川大志)とお絹の恋模様がプラスされることでより物語が多面的に語られています。「柳田格之進」を知っていた落語ファンの方にはそういった改変部分もお楽しみの1つです。

 とは言え本作は落語も時代劇も囲碁も馴染みなくても全く問題ない白石和彌監督印のエンタメ映画なので、むしろこの映画をきっかけにそちらに足を踏み入れてみるというのもありかも!

By.M