ウラシネマイクスピアリブログ

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『関心領域』

 今回は昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、本年度アカデミー賞5部門ノミネート、
音響賞そして(日本から出品していた『PERFECT DAYS』もエントリーしていた)国際長編映画賞を受賞した話題作、5/24(金)公開『関心領域』をお届けします。

 舞台はナチスドイツ占領下にあった1945年のポーランド。アウシュビッツ強制収容所で所長を務めるルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)と妻のヘートヴィッヒ(ザンドラ・ヒュラー)は収容所のすぐ隣の家で家族と共に暮らしていた。でもこの家の窓から見える高い壁の向こうでは収容所の煙突から煙が立ち上がっているのが見えた・・・・

 本作はたまに発令させていただく「もともと興味をお持ちであったなら私の紹介なんてどうでもいいので、とにかく事前情報も入れずに観に行ってください」系映画です。アウシュビッツ収容所を舞台にしているので不快な気持ちにもなると思います。普段はこういった映画を観ない、興味がないという方もその選択をそのまま問う内容になっているので、ぜひご覧になっていただきたい。映画は世界や自分を知る手段の1つでもあるので・・・・と冒頭からなんか説教じみた感じですみません。でもこれは決して過去の映画ではなく今を描き、観た者にダイレクトにあるメッセージを問いかける映画です。

 本作は始まると裕福な生活をしている家族たちの日常が淡々と描かれていきます。青い空の元、家の中のプールで遊ぶ子供たちの笑い声、美しい花たちで溢れる手入れの行き届いた庭、インテリア雑誌から飛び出したようなお屋敷、どこをとっても幸せな家族の営み。一瞬「何を見せられているんだろう」と思わなくもないのですが、なぜか妙な違和感だけが胸に耳にこびりつき始めます。

視界には幸せな光景しか広がっていないのに家族の何気ない会話しかり、画面の外から昼夜問わず風に運ばれて聞こえてくる叫び声、銃声の音、真綿で首を絞められるように忌々しさがジワジワと観客の感情を追い込んでいきます。そう、ここは収容所のすぐ隣り。庭の植物に撒かれている灰のようなものって・・・・。川を流れていくあれって・・・。エンジン音だと思ったあの音って・・・・。てことは匂いだって・・・。日常に入り込む違和感の正体に一つ一つ気付いていく過程が本当に恐怖でしかありません。

 これまでもホロコーストを描いた映画はたくさん作られてきましたが、直接的な残虐シーンが一切描かれていない、にも関わらずこの家の隣で起きていることの残忍さだけが浮き立っていくところにこの映画の表現方法の凄さを感じます。

 ヘス夫妻の行動には人間的な心が一切感じられず、あんな環境にいたら感情が麻痺してしまうものなのか、それともナチへの忠誠心を前に無の気持ちでただ言われるがままだったのだろうか、と考えてみるのですが、彼らがあらゆる点で自覚的で、今の境遇から得られるものを自発的に享受しようとしている無神経な様を次々と見せられ、人間はこんなにも残酷になれるものかと暗澹たる気持ちになり言葉を失います。

 そしてこの映画はクライマックスにある仕掛けにより、この映画が単に過去に起きたホロコーストという惨劇を描いただけでなく、現在進行形で大勢の命が奪われている世界に生きている私たちの関心は今、どこにあるのか、ということも問われているようにも思えるのです。無関心を決めこむことで、起きてしまった史上最悪の所業は過去にだけ起きているものなのか、と。

By.M