ウラシネマイクスピアリブログ

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『家族を想うとき』

 日本でも熱狂的人気を得た『ジョーカー』、アカデミー賞前哨戦ほか、映画祭で数々の話題をさらっている1/10(金)公開『パラサイト 半地下の家族』、そして今回ご紹介する作品には共通するテーマがあります。これらの作品が同じような時期に作られ、世界中の観客の支持を得ているのは多くの人々が共有している切実な問題を描いているからではないでしょうか?今回ご紹介する作品は1/10(金)公開『家族を想うとき』です。

 主人公は夢をかなえるために独立し、宅配ドライバーの職に就いたリッキー(クリス・ヒッチェン)。妻のアビー(デビー・ハニーウッド)はパートタイムの介護福祉士として一日中働き彼を支えています。でも家族の幸せのために、と言う願いから始まった行動が、どんどん家族の絆を引き裂いていきます・・・・

 新年を迎えるにあたり本当はぱ~っと明るく景気いい映画や心穏やかになる映画をご紹介したかったのですが、この映画を観た時「これはまさに“今”の映画だし、“今”届けるべき映画じゃないか」と思いました。何かを期待して「なんとかなるさ」と暢気にしていられる場合ではない時期にきている、と。実際、本作の監督、イギリスの巨匠ケン・ローチ(83歳)は日本でも大ヒットを記録した前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』を最後に引退宣言をしていましたが、同作のリサーチ中に「これは描かなくては!」と思える問題に直面し、引退を撤回し作ったのがこの映画です。

 家族でマイホームに住む、そんな夢を抱いて個人事業主として宅配ドライバーを始めたリッキー。でも自営業、独立は言葉面だけで実際は契約先の本社から持たされる端末で行動を管理され、厳しいノルマ、規則を約束させられ、1日14時間、週6日勤務というまさにブラックな労働条件が課せられる、というのが現実だったのです。それでも家族のため、良い生活が送れるようにとお父さんは無理に無理を重ねていきます。

妻のアビーもとても出来た女性で、介護という心身共に負担の大きい仕事をしながらも疲労で機嫌が悪くなる夫や、反抗期の16歳の息子セブにも忍耐強く接し、家事もやる、これも家族のためなんです。苦労する両親を近くで見ている12歳の娘ライザも精一杯のお手伝いで母親を助けようとする健気な一面も・・・・そんな風に彼らはどこにでもいるような家族だし、時に喧嘩もするし、生活は厳しいかもしれませんが、とても温かさを感じられる家庭なのです。

 家族で幸せになりたい、そんな想いがあるだけなのに、企業は労働力を搾取し、利益を上げることだけが重要で労働者をコマの1つぐらいにしか思っていません。怪我をしても自己責任、不測の事態が起きても自己責任、コマの代わりはいくらでもいると使い捨て。

リッキーの幸せになりたいという願いと裏腹に、家族のためにと良かれと思った行動が全て裏目に出るその悲哀、憤りに、心が締め付けられると同時にこれは対岸の火事では決してない、という事実に観客も余計心を動かされると思うのです。
過労に疲弊していく両親、孤独を募らせる子供たち。悪いのはこんな選択をした彼らなんでしょうか?

 “心に迫る”とはこの映画にあるような言葉です。こんなにも力強く、市井の人々に寄り添った作品を作り続けるケン・ローチ監督に脱帽なのですが、本当は彼がこのような映画を作る必要がなくなる世の中になることが一番なのかもしれません・・・・。


By.M