ウラシネマイクスピアリブログ

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『モーリタニアン 黒塗りの記録』

 アフガニスタンからアメリカ軍が撤退というニュースが流れ、アメリカ同時多発テロ事件(9.11)からもう20年も経つのか・・・と思う一方でこの映画は未だ解決されていない現実も見せつけます。今回ご紹介するのは10/29(金)公開『モーリタニアン 黒塗りの記録』です。

 2005年弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)は9.11の首謀者の一人として逮捕され、キューバのグアンタナモ米軍基地に拘束されたアフリカのモーリタニア人の男モハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)の弁護を買って出ます。時を同じくしてモハメドゥを9.11の戦犯法廷で裁き死刑第一号にせよという大統領命令の元、スチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)が起訴を担当。弁護士と検事の緻密な調査が始まるがその先には驚愕の事実が隠されていました・・・

映画の原作は、2015年に出版され、全米でベストセラーとなったモハメドゥ・スラヒの手記。それは彼の弁護を引き受けたナンシーがモハメドゥに書かせた証言をまとめたもので、日本を始め世界20カ国で刊行されています。

 モハメドゥへの疑いは9.11に関与した人々を勧誘した“リクルーター”という容疑。彼がテロに関わる人物像と合致してしまったため、その事実だけで身柄拘束、裁判は一度も開かれることはなく(アルカイダ幹部やテロリストを収容するための)グアンタナモ収容所での拘留が続いていました。

日本にいる私ですら9.11のニュース映像を思い出すだけで恐ろしさが蘇る程なのでアメリカ国民であればなおのこと、「首謀者には報いを!正義の鉄槌を!」という気持ちは「その通り」としか言えません。でも正義の名の元に行われることが全て許されるという訳ではありません。自白を強要するためにモハメドゥが受ける取り調べの数々は目をそむけたくなるような非人道的な拷問へとエスカレートしていきます。

 そういった理不尽で絶望的な立場に置かれるモハメドゥの弁護の側に立ったのが人権派弁護士ナンシーでした。情に流されることなく常にフェアな立場を貫き、弁護人の尊厳を守りぬくことに関し一貫して職務を全うする女性をジョディ・フォスターが演じています。赤い口紅をきりっと引いたナンシーがブレることなくタフに政府に立ち向かう様は彼女が演じたからこその説得力があり本作の演技でゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞したのも大いに納得です。

 対する側のスチュアート大佐。友人がハイジャックされた飛行機の副操縦士だった、という私的な怒りを抱えています。そんな立場であっても不可解と思われる疑問の前では上司に抵抗し真実を追い、正義を貫く姿を見せます。大佐を演じるベネディクト・カンバーバッチは本作の製作も兼務。元々はプロデューサーに専念し演じる予定はなかったけれど脚本を読んだら大佐役を立候補してしまったとか。敵対する立場のナンシーと大佐が“正義を全うする”という共通の志のもと、真実を追う姿には胸アツです。

 そして何よりも全編を通して感じるのは拷問に耐え続けたモハメドゥの精神の強さです。どんな状況に追い込まれようとも思考を止めるということで自分を守るのではなく、より人間らしくあり続けることで自分を保とうとします。看守を名前で呼ぶ、彼らが話す言葉を覚える、そういった積み重ねの一つ一つが彼の人間性を保ち、また周囲も彼を理解するようになります。

あんな目に遭いながらも、今もなおビザの申請が通らず他国へ渡航が困難な状況でありながらもアメリカを恨むことなく、大好きなボブ・ディランの唄を歌う彼の人間力は一言で感服です。またなぜそんな境地に至ったのか、彼が裁判で明かす言葉にも心打たれることでしょう。

 テロ事件に関わる映画なので自分事とは感じ辛いかもしれませんが、本作で問題提起される情報の非公開、公文書のずさんな管理、隠ぺい、破棄といった問題は日本でも現在進行形、この映画で起きていたことは決して対岸の火事ではないのです。

By.M