『イニシェリン島の精霊』
先日第95回アカデミー賞のノミネート作品が発表されました。今回ご紹介するのは作品賞、監督賞ほか主要部門を含む9ノミネートに輝いた1/27(金)『イニシェリン島の精霊』をご紹介いたします。
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アイルランドが内戦に揺れていた1923年。本土とは対照的にのどかな平和が保たれていた小さな島、イニシェリン島。パードリック(コリン・ファレル)はいつものように親友のコルム(ブレンダン・グリーンソン)とパブで一杯やろうと思っていたがなぜか無視されてしまう。何かやらかした?と自問自答しながら家へ帰り、妹のシボーン(ケリー・コンドン)に相談すると「兄さんのこと嫌いなのかもよ。」とからかわれる。
釈然としないパードリックだったがそれが本当だったと知ることになる。「ただお前が嫌いになった。」「おまえのつまらん話に時間をもう取られたくない」「これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とす」とコルムから絶交を告げられる・・・
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前作の『スリー・ビルボード』でも数々の賞を受賞したマーティン・マクドナーが本作でも監督、脚本を手掛け、既に発表されたゴールデングローブ賞では作品賞、主演男優賞、脚本賞を受賞しています。いわゆる大作映画を作る監督ではないので、じっくりと映画を味わいたい人におススメなのですが、本作のあらすじを聞いても「どんな映画?」となるかもしれません。実際、観ている間もこの話の着地点はどこに向かっているのか?と親友から突如絶交を言い渡されたパードリックよろしく、観客もどこか迷子な感情を抱えてしまう気がします。
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前半はユーモラスなシーンも多く、急に「おまえと今日から絶交な!」と宣告されてもパードリックも我々も「いや、またまた~」みたいな感じではあるんです。動物を飼い、妹と穏やか~に暮らすパードリックはまさにいい人。なのになんでこんな目に遭ってしまうの?
スクリーン上繰り広げられる出来事に大方「コルム、ひど過ぎる。やり方が大仰すぎる!」という意見を持つ方もいるかもしれません。でも私、彼の一連の行動ってなんかわからんでもない、と思っちゃったんです。人は急に思い立って行動した時にはそれは急なことでなく、ずーーっと蓄積された感情が表に出る時だろうと思うんです。他者にとっての突然も本人にとっては気まぐれでもなんでもない。ただただ我慢していただけ。
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しかも小さなイニシェリン島に住む人々は誰しもが顔見知り、個人情報駄々洩れ共有なコミュニティーの中での閉塞感たるや、抱え込んだ鬱屈した気持ちは溜まる一方という気持ちのあり様、ド田舎育ちの私は共感でしかありません。あんな狭い社会で誰かとの関係を絶とうもんなら、その思いを遂げるには指を切り落とすぐらいの意思がないと出来ないものです。(故にここで描かれる“指を切る行為”そのものはメタファーと受け取ってます)
親友から見捨てられ立場のないパードリックは島で居づらくなるのですが、妹のシボーンもこの島での生き辛さを体現している一人として存在します。いい年の兄妹が二人暮らし、本だけが友達な彼女は島の人から見れば変わり者でしかない。シボーンはこの島に存在する数少ない知性の象徴なのに・・・。そんな女性がこの時代に男社会である小さな共同体にいてどんな立場に追いやられるかは推して知るべし。なので彼女が選ぶ選択は暗澹たる気持ちになっていくこの物語の小さな希望のような気がしています。
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そして最初はコルムの言動にただ戸惑っていただけのいい人パードリックでしたが徐々に憤りや怒りに蝕まれていきます。島の変わり者のドミニク(バリー・コーガン)にすら「それはどうかと思うよ」と諭される始末。パードリックとコルム、両者互いに引くに引けない様相を呈する様は、島のすぐ側の本土で起きているアイルランドの内戦とも地続き・・・。どちらもかつては同朋だったのに。
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小さな島に住むおじさん二人の痴話喧嘩から勃発したこの諍い、観終わった後もジワジワと心に留まるのは映画の中に様々なテーマが潜んでいるからでしょう。島の人たちが着用するセーターのセンスの良さ、癒し度100%なロバのジェニーとコルムが飼う従順でかしこいワンコ、そして撮影の場所となったイニシュモアの風景も必見です。
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