『エンパイア・オブ・ライト』
本年度アカデミー賞授賞式が3/13(日本時間)に迫る中、ノミネートされた映画たちが続々と初日を迎える時期がやってきました。今回は撮影賞にノミネート2/23(木・祝)公開『エンパイア・オブ・ライト』をご紹介いたします。
舞台は1980年代初頭のイギリス、海岸沿いの町マーゲイト。ヒラリー(オリヴィア・コールマン)は心に病を抱えながらも地元で愛される映画館・エンパイア劇場で同僚たちと今日も働いている。ある日、黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が新しいスタッフとしてやってきた。明るく前向きな彼はすぐに職場に打ち解け、ヒラリーも徐々に心を開いていき、それはいつしか親密な関係へと変化していく・・・・
ちょうど『エンドロールのつづき』や『バビロン』と映画をモチーフにした作品が偶然にも重なったので、予告を見た時も「映画館で働く人々を描く、映画(館)と人間を賛歌する系映画、言うなれば『ニューシネマパラダイス』的作品か?」と想像したのですが「思った映画と違った!いい意味で!」というのがこの作品です。
物語は一見、ヒラリーとスティーヴンの恋愛が主軸にも思えますが、孤独に生きるヒラリーが抱える心の問題やステーヴンに向けられる人種差別といった社会的な問題提起が80年代の音楽、カルチャーといった空気感と共に描かれ、多面的に浮かび上がっていきます。彼らは心折れそうな現実に直面しつつも、共に理解し合える者との出会い、優しく見守る仲間の支えもあって、なんとか前に進もうとします。
それがアールデコ様式の映画館を始め古き良き時代の名残りが残る町を舞台に描かれるので作品全体がなんとも言えない温かさで包まれています。撮影を手掛けた撮影監督ロジャー・ディーキンス(『007 スカイフォール』、『1917 命をかけた伝令』など)のさりげなくかつ確かな手腕がここで光ります。
またこの映画を紡いでいくキャスト陣の演技がアンサンブルとしても素晴らしい!ヒラリーを演じるオリヴィア・コールマンは『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞ほかこの年の主演女優賞を総なめして以降、どんな役をやってもその存在感たるや。孤独に生きてきたヒラリーがスティーヴンとの出会いで変わっていく様や不安定な感情が露呈してしまい、自分を制御できなくなっていく様など、その演技力の幅は圧巻。またそんな向かうところ敵なしのコールマンを相手に新星マイケル・ウォードが好青年を瑞々しく演じます。
職場の最低上司をコリン・ファースが冷酷に演じ、二人の行く末を悩ますことにもなるのですがベテラン映写技師(トビー・ジョーンズ)を始め、エンパイア劇場に集まる同僚たちの存在がほんと、なんとも優しい・・
しかし、物語の後半はこの映画が描かれる80年代という時代性が色濃くなります。産業が低迷し、失業率が上昇、サッチャー政権下で右傾化した人々の暴動が平和だったマーゲイトの町をも襲いヒラリーとスティーヴンの関係にも影を落とします。そんな風にこの時代の暗部が描かれるも、それは残念ながら今もなお続いていることだと我々は知っているので「人間ってなんでいつまでたっても愚かなんだ・・・」と落胆してしまうのですが、映画館のスクリーンに映し出される光が悲しみや怒りだけでなく、喜びや幸福を描くように、社会や人生が闇に覆われそうになってもきっと希望は見い出せる、というメッセージに、望みを託したいと思うのでした。
監督は名匠サム・メンデス(『アメリカン・ビューティー』、『007 スカイフォール』、『1917 命をかけた伝令』など)。初めて単独で脚本に挑んだそのテーマや舞台は彼の私的な要素も強く、ヒラリーは母親がモデルになっているそうです。映画と映画館、そして祖国への思いを込めた1本はコロナ禍を経たから生まれた作品のようにも思え、そういう意味で去年公開の『ベルファスト』(ケネス・ブラナー監督・脚本)との共通点も感じられます。しみじみといい映画です・・・『イニシェリン島の精霊』と合わせてロケ地めぐりしたいなぁ。
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